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ミレーユは、そんな二人のダンスを見ながら、夢見心地と言っても過言ではないほど、うっとりと目を細めた。二人は、物語にでてくる、素敵な王子様とお姫様のようで。
女の子なら、誰でも憧れる、それは夢の中のワンシーンのようだった。
(やっぱり、ステキだわ……)
ミレーユはふぅ~と感嘆の溜息をもらす。
自分のようにドレスに『着られている』感があるのに対して、彼女は、髪の色と同じ銀糸で刺繍が施された青いドレスを余裕で着こなしている。
大きく開いた胸元も、自分のように余るどころか張っていて、とっても柔らかそうだ。
そしてなにより、その流れるような鮮やか足捌きは、もう素敵としか言いようがない。
(本当に、なんて、綺麗なのかしら……)
くるりっと廻る瞬間、ふわっと宙に舞う、銀糸の長い髪。
シアランでは、女性は長い髪が当たり前で、逆に短い髪は禁忌でもあるから当然だけれど。
彼女の髪は、まるで月の光に輝く雫がおちていくように、キラキラと輝いていて。
言葉で言い表せないほど、美しかった。
そして、そんな彼女をリードするリヒャルトのかっこよさといったら、本当に王子様のそれで。
シアランの貴色である蒼の礼服は、リヒャルトの綺麗な茶色の髪を一層引き立てていて。
スラリと伸びた背は、いつもよりずっと逞しく見えた。
(あんなにかっこいいのに、リヒャルトって、ほんと奥ゆかしいんだわ)
『俺より、フレッドの方がよほどモテますよ。ミレーユも知っているでしょ?』という、リヒャルトだが、フレッドがモテるのは、かっこいいから、というより、あの話術に騙されているとか、あの奇想天外な振る舞いに、踊らされているとか、そんな感じだ。
フレッドにはまだ、男性としてのかっこよさは備わっていないような気がする。というのが、妹であるミレーユの見解だった。
(だいたい、私に代わって女の子を演じられる男なのよ。男としての魅力なんて、まだまだあいつにあるはずないわ!!)
とミレーユは現在アルテマリスに一時帰国している兄を思い出し、そして、ふと会場を見渡した。
ミレーユに負けず劣らず、二人の姿に、夢見る乙女たちが、ポォーと魅入っている。
頭の中では、乙女思考が爆走中だろう。
(私でもそうなんだから、彼女たちはもっとなんだろうなぁ~)
再び、円を描くように踊る二人の姿に視線を移して、ミレーユはまたも感嘆の声をあげそうになって、ハッとあることに気づく。
(私と踊っているときのリヒャルトはどう見えるんだろう……?)
自分の実力のほどは痛いほどわかっているが、リヒャルトの評価が、自分のために貶められるなんてことになっていたら、それこそ、申し訳なさ過ぎて、もう彼とは踊れなくなりそうだ。
(よしッ!!)
ミレーユは手にしたグラスの中の蜜ぶどう酒を、一気に飲み干すと、まだ途切れそうにない音楽を聞きながら、そっと会場を後にした。
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「ここなら良さそうね。月明かりで、十分明るし」
ミレーユは会場から少し離れた、中庭の中央まで進むと、両腕を上げ、右足、左足と、声を出しながら、ステップの練習を始めた。
「で、ここでターン……ッ!!」
というところで、足が絡まって、そのまま上体が崩れ、花壇へと倒れこむ。
(マズイッ!)
反射的に次にくる衝撃を意識して、ミレーユは身を固め、ギュッと目を瞑った。
と同時に、なにかに支えられる。
「あっぶねーだろ!!」
頭上から聞こえた、聞いたことのある声に、ミレーユはハッとなって顔をあげる。
「ひ、…ヒース……?」
自分の腰に回されたヒースの腕に助けられたことを瞬時に悟って、ミレーユは安堵のため息をついた。
「あ、ありがとう…た、助かったわ……あやうく、ドレスをめちゃくちゃにするところだった……」
「……ドレスの心配かよ、おまえは……」
心配半分、呆れ半分、といった様子で、ヒースはミレーユを抱え起こす。
「だって、このドレス、リヒャルトが用意してくれたのよ。汚したりしたら、悪いじゃない。私弁償なんてとても出来ないし……」
ミレーユの着ている淡い朱色がかかったドレスは、今夜の為にリヒャルトが用意してくれたものだった。
柔らかい肌触りの生地に、仰々しいほどの刺繍やレースなど使われていない、自分にはもったいないくらいの上品なデザイン。
そして、とてつもなく、軽い。
ドレスの相場がどれほどか知らないし、怖くて知りたくもないけれど、このドレスがいままで自分が着た中でも、上等なものであることは、間違いない。
ハッキリ言って、そんなドレスになにかあったら、謝っても、謝りきれない自信がある。
「あのなぁ~普通、ドレスになにかあるより、おまえに何かあった方が痛手だと思うぞ」
ヒースの言葉に、ミレーユは首を傾げた。
「私は頑丈に出来てるから、大丈夫よ。でもそうね。怪我なんてしたら、また迷惑をかけちゃうわよね」
微妙にズレてるミレーユの言葉に、ヒースは小さく苦笑して、
「で、こんなところでお前はなにやってんだよ。まだ夜会の真っ最中だろ?」
「ダンスの練習をしてたのよ」
「ダンスって、一人でか?」
「どうせ、私の相手になってくれるような人なんていないわよ!」
「逆切れかよ。だいたい、ダンスの相手なら、大公様がいるだろうが……」
「リヒャルトと練習なんて、本末転倒だわ。私はリヒャルトに恥をかかせたくないのよ。私のために、リヒャルトが貶められるなんて、我慢ならない」
ミレーユは力強く言って、ヒースから離れると、さっと腕を上げて、ダンスの練習を再開しようとした。
「わかったわかった。俺が練習相手になってやるよ」
「え、あなたにダンスなんて踊れるの?貴族でもないのに!?」
「見てりゃ覚えられるっての。だいたい、ダンスってのは男のリードで良し悪しが決まるもんなんだよ」
と言いながら、ミレーユの手を、ヒースが取った。
くるりっと、さっきはできなかったターンが、まるで流れるように決まる。
「う、嘘!!決まった!!」
あっけないほどあっさりとターンが決まって、次のステップに足が自然移った。
「あとは、考えながら足を出さないことだな」
「考えながらって?まだステップの順番を覚えてないんだもの、仕方ないでしょ」
「順番なんてものを考えるから、トチるんだよ。もともと頭より先に行動のお前が、考えながら動いたら、ワンテンポ遅れて当然だろ」
「なッ!!人を単細胞みたいに!!」
ヒースとの言葉の応酬のせいで、頭の中で追っていたステップの順番がいつのまにか消えていた。
それが功のなしたのか、ヒースの足を踏みそうになったり、そのせいで次のステップが覚束なくて、焦ることもない。
自然と、足が、次のステップを刻み、体がヒースについていく。
「す、すごい。まるで魔法みたい!」
ミレーユは感動して、声を上げた。トチらないばかりか、ターンをするたびに流れる空気が心地よくて。とても清々しい気持ちになれた。
自然、口元が綻び。
今まで、ダンスを敬遠していた自分を恥じた。
(ダンスがこんなに楽しいものだったなんて……)
決められたステップを何度も繰り返す貴族の嗜みである、ダンス。
もともと貴族社会に良い印象を持っていなかったミレーユは、ダンスも、大公妃として必要だから覚えなきゃいけない、という固定観念に囚われ過ぎていて、楽しもうと思って取り組んでいなかった。
「ヒース、ありがとう。私、今まで、ダンスって大公妃になるための必須項目とか、そんなことばかり考えてて、楽しんでなかったの。でも、それじゃいつまでたっても上達しないわよね。やるからには、何事も楽しまなきゃ、もったいないしね」
「はは、お前らしいわ。って、どうやら時間切れみたいだな。お迎えが来たぜ」
ヒースの視線が、ミレーユの背後に向けられる。
ミレーユはその視線を追って、振り向くと、こちらを見つめているらしいリヒャルトの姿があった。
「リヒャルト…」
「ほら、頑張りな」
ヒースに背を押され、ミレーユは大きく頷いた。
「うん、頑張る!!」
「ああ、ほどほどにな」
とヒースはヒラヒラと手を振って、そのままリヒャルトの脇を通って、出て行った。
そのとき、リヒャルトにだけに聞こえる声で、ヒースが何事が告げたことに、ミレーユは気づかなかった。
まして、ヒースの言葉に、リヒャルトの顔が強張ったことなど、知る由もない。