ゆめがたり
『身代わり伯爵』シリーズの二次創作(リヒャルト×ミレーユ)を徒然なるままに、まったりと書いております。
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いつもと変わらない、落ち着いた声なのに、それはどこか押さえ込んだような響きがあって。
ミレーユは目を見開いた。
「だ、誰に?」
「ヒースに、ですよ」
『ヒース』という名を呼ぶことさえ我慢ならないかのように、その部分だけ、低く唸るような声に聞こえた。
「ひ、ヒース…って、リヒャルトの方が断然かっこいいわよ。それに、とても優しいし、誠実だし。あなたの方が、ずっと素敵よ。だから、ヒースに嫉妬なんかする必要ないと思うの」
「それは、あなたには、俺が彼よりかっこよく見えるってことですよね」
「と、当然じゃない!」
「じゃ、彼とはダンスをしないでください」
「え?」
「彼だけじゃない。今後一切、俺以外の男と踊らないで」
耳元に彼の吐息とともにミレーユの耳元に届くその言葉は、まるで懇願するようなのに、有無を言わせない強さが含まれていて。
同時に、ミレーユを抱きしめるリヒャルトの腕に、力が込められた。
「リヒャ…ッ」
「俺は、あなたをダンスに誘おうとする男がいたら、それだけで嫉妬します」
「そ、そんな奇特な人、いないとおもうけど……」
「いるとかいないとかじゃないんです。あなたには俺を、俺だけを見ていてほしい。俺以外の男を見ないで…」
「そ、それって、以前にも聞いた気が……」
「何度でも言います。俺以外は見ないで。俺だけを見てください」
あの時同様、重ねて言うリヒャルトに、ミレーユはあの時にはなかった胸の高鳴りを覚えた。
そして、一層顔を真っ赤にして、呟くように小さく告げる。
「あ、あのね……」
「……?」
「その、……大丈夫よ」
「ミレーユ…?」
「だって、私……リヒャルトしか見えないときがあるもの」
「え?」
「あなたがそばにいてもいなくても、いつもあなたのことを考えちゃってるし……さっきだって、あなたのためにどうするればダンスが上手くなれるかって、そればっかり考えていて……」
「ミレーユ……」
ミレーユの言葉に、リヒャルトの瞳が見開かれる。
「だって!!下手な私と踊って、リヒャルトが貶められるようなこと嫌だったんだもの!!少しでも上手くなって……キャッ!」
言い終らぬうちに、リヒャルトに強く抱きしめられる。
「!!」
首元にリヒャルトの吐息が熱く降りかかり、ミレーユは今までにないほどリヒャルトを近くに感じて、思わず身体を竦めた。同時に、今までにないほど心臓が脈打つ。
「リヒャルト……」
今にも消え入りそうな小さな声で彼の名を呼ぶ。
「……好きです。どうしようもないほど……」
今まで聞いたことのない、切ないほどの真摯な告白。
ミレーユはギュッと拳を握りしめた。
そして、小さく息を吸うと。
「あ、たしも……す、……きよ……」
震える声をそのままに、ミレーユは精一杯の気持ちをリヒャルトに伝えた。
瞬間、抱きしめていたリヒャルトの腕が離れ、今度はミレーユの両頬を包む。
大きなリヒャルトの手の感触。
長い指が髪に絡む。
どこまでも優しく、甘い鳶色の瞳が自分を見下ろしている。
(え、っと……これって、も、もしかして……)
キスをされるのだろうか?とミレーユの鼓動が跳ねる。
プロポーズされた当初は何度かキスをされたが、このところはミレーユの気持ちを汲んでくれたのか、それとも本来の紳士な彼に戻ったのか。しばしば恥かしい台詞は吐かれるものの、憑き物がおちたかのようにキスを促すようなことはなかった。
だから、安心していたのだ。
キスは、嫌いじゃないと思う。
でも、あの恥かしさは今までミレーユが感じたどれとも違っていて、なんともいえない緊張を強いるし。
心臓がバクバクして、息苦しい上に、思考が停止して、頭が破裂しそうになるのだ。
「り、ヒャルト……あ…あ、あの!!」
今の状態を回避しようと、ミレーユは震える声のまま、言葉を切った。
「そ、ろそろ……や、夜会に、も…どった方が、いいと思うの!!」
「そうですね」
「そ、そうよ!!だから…―」
――手を離して?と続けようとしたとき、ミレーユの唇にリヒャルトの指が触れた。
(えっ?!)
ゆっくりと自分の唇をなぞるリヒャルトの指に、ミレーユは目を剥いた。
見開いた先に見えるリヒャルトは、どこか苦しげに、目を細めている。
が、それもつかの間、あっけないほどすぐにリヒャルトの指が離れていき、一瞬、リヒャルトの口元に苦笑いが浮かんだような気がした。
「ど、どうかしたの?なんか、苦しそう……もしかして、疲れてる?」
「いいえ」
いつもの笑顔でリヒャルトはそう答える。
「ほんと?無理はしないでね。大公のお仕事が大変なのはわかるけど、ちゃんと休まないとダメよ」
「ええ。でも、早く、すべてを片付けたいんです」
「でも、無理して身体を壊したら元も子もないじゃない?」
ミレーユの言葉に、今度こそ、リヒャルトは苦笑をもらして。
「今のままの方が、心身ともに、つらいですから」
と呟いた。
ミレーユはリヒャルトの言葉に、ギュッと拳を握りしめた。
(そうよね。狂信派の人たちは、リヒャルトにとってご両親の敵も同じだもの。彼らを捕まえるまで、心が晴れるはずもない……)
彼の力になりたい、とミレーユは祈るような気持ちでリヒャルトを見上げると。
「そうよね……とりあえず、できることからするわ」
ふわりっと笑って、ミレーユはリヒャルトの手を取った。
「ミレーユ……?」
「ダンスをしましょう!」
「えっ?」
「あたし、ダンスが好きになれそうなの。あなたとなら、もっと好きになれると思うわ!」
「……それは、嬉しいですね」
ほんの一瞬だけ目を瞬かせ、しかしすぐにいつもの笑みを浮かべると、リヒャルトはミレーユの手を握りなおし、促すようにミレーユの腰に手を置き、歩き出した。
「行きましょうか」
「ええ。少しでも彼女に近づけるように頑張るわ!!」
ミレーユの言葉に、リヒャルトは小さく笑う。
「そんなに彼女のダンスが気に入りましたか?」
「もちろんよ!!」
「では、彼女にお願いしますか?」
「え?」
「ダンスの先生ですよ」
「え、でも、もういるし……」
「あなたが習いたい、と思える人の方がいいと思いますよ。彼女も、あなたに興味があるようですし」
「ええ!!ホント?!って、もしかして、あまりに酷くて、呆れてる、とかじゃないわよね……」
ありえそうで怖い、と思いながら、ミレーユはリヒャルトを見上げる。
「違いますよ。どうやら、あなたがあまりに緊張し過ぎていて、ダンスを楽しめないのが、彼女には可哀想に思えたらしく……俺が怒られました」
「え?!」
(今、なんて?)
リヒャルトが怒られた?!
思っても見なかったリヒャルトの言葉に、ミレーユは目を剥いた。
「彼女は、サラの親友だったんです。少しの間ではありますが、俺も彼女にダンスを教わりました」
「ええッ!!そうなの?!」
「ええ。ダンスは楽しむものだと教えてくれたのは、彼女でした。もっとも、あの日まで、ダンスが楽しいものだとは思いませんでしたが」
「あの日……?」
「あなたと初めて踊った時ですよ」
甘すぎるほどの笑みを浮かべ、そう答えるリヒャルトに、ミレーユは思わず視線を落として、顔を背ける。
顔が、燃える様に熱って、とてもリヒャルトに見せられなかった。
あの日のことは、ミレーユもしっかりと覚えている。
今よりはるかにおぼつかない足取りで、何度リヒャルトの足を踏んだか。
できれば、思い出して欲しくない、忘れてしまいたい、ダメっぷりだったのだ。
「そ、そんなこと、忘れてよ……あれはダンスじゃなくて、ある意味、凶器でしょ……」
「そんなことありませんよ。ダンスを楽しく感じたのは、あの日が初めてだったんですから」
「なッ…!」
一瞬、返す言葉を失くす。
(そ、そうだった。リヒャルトが結構意地悪だってことを忘れていたわ)
あの日のことを思い出して、ミレーユはプウッと頬を膨らませると、
「ええ、そうでしょうとも!!リヒャルトにとっては、楽しかったでしょうねッ!!」
と啖呵を切って、歩調を速めた。
引っ張られるようにして彼女の後をついてく形になったリヒャルトは、そんな彼女の後ろ姿を見つめ、クスリと微笑んだ。
(本当に、楽しかったんですよ……)
あなたと出会い、そして重ねてきた時間のひとつひとつが、どれほど愛おしいか。
いつか、あなたに伝えますから。
そのときは――
「――覚悟してくださいね」
ポツリと呟かれたリヒャルトの本音を、ミレーユが知るのは、まだ少し先の話。
Fin
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最後までお読みいただき、といいますか、お付き合いいただき、ありがとうございました~~
最後のオチを考えるのに随分時間を要してしまいましたが、やっと書きあがったので、UPいたしました。
今回も、斜め上思考のミレーユが書けて楽しかったですwww
リヒャルトの苦笑が目に浮かびます(←をい!!)
今後も、純粋だからこそ、斜め上(下)にいってしまうミレーユを書いていこうとおもいますので、よろしければ、また、お付き合いいただければと思います。
今度は、ちょっと切な系なお話の予定です。
で、その話を書き終えたら新刊を読むつもりなので、新刊を読むためにも、サクサクと書こうと思っております。(苦笑)
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